第5波感染拡大の特性

 

(1) 第5波の感染拡大について考えてみましょう

 

第5波の感染拡大(流行期)は、このグラフのように、7月上旬から始まって、爆発的に感染者数が増加して、8月20日頃ピークに達しました。そのピークが2週間ほど続いた後、急激に減少して、9月末には最も少なかったレベルにまで低下して行きました。

 

第5波の感染拡大は、今までとは桁違いと言っていいほど、大きなものでした。このグラフのように、第4波では1日当たりの感染者数が最高で7,000人くらいでしたが、25,000人強にまでなっています。それを考えますと、第5波には、これまで(第1波〜第4波)の感染拡大にはなかった、何か特別な事情があったのではないでしょうか。

第5波の期間中の、第4波の感染拡大までにはなかった大エベントと言えば、東京オリンピックとパラリンピックです。それ以外にはありません。オリンピック開催に注目しながら、第5波を見ていきますと、オリンピックの開始の2週間くらい前から(1ヶ月くらい前から、聖火リレーが始まり、オリンピック関連の報道が盛んになりました)、感染者の増加が始まって、オリンピック終了の2週間後まで急激な増加が続いています。そして、2週間ほどそのピークのままで、その後(パラリンピックの終了とも重なりながら)、急激に減少しています。つまり、第5波の開始と感染者の増大、さらに感染者の減少と終結は、オリンピックの開催、終了とに時間的にぴったり随伴したタイムコースをたどっています。

 

(なお、オリンピックの開催と感染拡大が最大になった時期とが少しずれており、感染者が減少に転じた時点もオリンピックの終了時点よりも少しずれています。しかし、これらについては複数の原因があげられます。a)感染をしてから、PCR検査で陽性になるには、コロナウイルスが体内である程度増殖をするまでの間、おおよそ4日〜10日くらいかかります。b)また、オリンピックが終了しても、少し間をおいてパラリンピックが続いていたこと。c)オリンピックが終了しても,関連する報道がしばらく続いていたこと、などが考えられます。)

 

以上のように、@第5波は,それまでの感染拡大とは比べられないほどの高大なものであったこと。A第5波が東京オリンピックとパラリンピックの開催と時間的に非常によく随伴したタイムコースを示していたこと。これらを合わせますと、東京オリンピックとパラリンピックの開催が第5波感染拡大の原因であったと考えるのがもっとも妥当と考えられます。おそらく、オリンピック開催が人々に気の緩みを生じさせて、種々の行動の抑制をおろそかにさせた結果,このような爆発的な感染拡大となったのでしょう。(無論、学校の夏休みやお盆なども悪い要因として作用したでしょうが)。

一方で、デルタ株という変異株の感染力が強力であったために,第5波のような爆発的な感染拡大が生じたとする考えもあるようですが、私はそれには否定的です。その理由は、a)いくら感染力が強いといっても、今までの4倍近い感染拡大を生じさせるでしょうか? b) 第5波では,感染拡大の期間が、第4波の長さとほぼ同じか、わずかに短かったくらいです。c)不思議なことに、第5波の死者数は第3波、第4波の死者数よりもずっと少なかった(後述のデータを参照)。以上のように、第5波が非常に大きな感染拡大になったのは、(コロナウイルスの変異株である)強力なデルタ株の流行によるものであるとの仮説には妥当でないようです。

結論を述べますと、第5波の感染拡大は、東京オリンピックとパラリンピックを開催された菅前総理大臣の置き土産ということでしょう。それでも開催したほうがよかったのか、もう1年延期したほうがよかったのかについては、皆さまのそれぞれのお立場でご意見が異なるかと存じます。それでも、総括をする意味で、もう一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 

 

(2) 第5波のもう一つの特徴

感染者数以外の「重症者数」、「死者数」についても、見てみたいと思います。これによって、第5波の別の側面が明らかになるように思われます。

第1波から第5波までの感染拡大があったわけですが、下のグラフ(NHKのホームページより作成)のように、第1波第2波<第3波第4波<第5波の順に大きくなりましたが、中でも(すでに述べましたように)第5波は強烈でした。「重症者数」も、第1波から第5波までの感染者数の増加に伴うように増えているのですが、でも少し不思議なことがあります。感染者数は第3波や第4波に比べて第5波では4倍近くも増えたのに対して、重症者数は、第5波では第4波に比べて2倍にも増えていません。まだ、少し不思議なことがあります。死者数(最下段の赤いグラフ)は、第5波では、第3波や第4波のおおよそ半分に減っているのです。以上のように、感染者数は4倍近くも増えているのに対して、重症者数は約1.5倍にしか増えていない。それどころか、死者数はほぼ半減しています。  おかしいでしょう? あなたは、「どうしてだ」、と思われますか?

 

その理由はワクチンの効果ではないでしょうか。ワクチン摂取率は第4波の終わろうとする時期でまだ国民の1%以下で実質0に近いものでした(5月末での2回接種の終わった人の割合)。ところが、第5波が始まる頃には事態が変わっていました。この表のように、第5波の始まる直前には摂取率が約28%(7月末、主に医療関係者と高齢者)でになっており、第5波が進んだ頃(8月末)には約43%にまでなっていました。それを考えると、第5波で重症者がそれほど増加せず、死者が少なかったのは,ワクチン接種の効果と考えるべきでしょう。(すでに、「コロナ対策の通信簿: 心理学の視点から」で述べましたように、遅すぎはしましたが)、ワクチン接種の素晴らしい成果です。ワクチン接種は、重症化と死亡者とを強力に抑制することができると言えます。これからの感染拡大(流行期)で懸念される事態に向かって,非常に勇気づけられる事実です。

 

最後に、ワクチン接種の効果について整理をしておきますと。

@ワクチンにはPCR検査で陽性となるような初発的な軽度の感染を抑える能力には疑問が残ります。(ただしこれは、仮説に過ぎません。第5波の感染者の中に、症状の出ていない感染者(PCR検査の結果陽性であった人)で、ワクチン接種を受けた人がどの程度含まれているかを検証することで、この仮設の正否が明らかになることでしょう)。

A重症化、および、死亡を抑えるのには、非常に有効です。(皆さん、ワクチンの接種は,自身のためにも、他の人のためにも非常に有用なことです。)

 

 

(3) ちょっと付録

お気づきになられたかもしれませんが、感染者数とそれ以外の指標(重症者数、死者)とが時間的にずれています。前述のグラフに、感染者数の第2、第3、第4、第5波の感染拡大のピークと思われる時点にピンク色の縦棒を入れてみました(下のグラフ)。重症化するには感染してから,おおむね3〜4週間ほどかかる。また、死に至るのも感染してから,おおむね3〜4週間後であると読みとることができます。これら3者(感染者数、重症者数、死者数)の時間的なずれは,裏側から申しまして、このデータの妥当性を保証しています。