この図のように、アメリカと比べますと、日本のワクチン接種は非常に遅れました。日本では、@2月17日にワクチンの接種が始まりました(125人)が、アメリカでは、すでに4千万人(国民の約12%)に、1回の接種が終わっていました。
そして、A4月30日には、アメリカは1憶4千5百万人(国民の44%)に、1回の接種が終わっていました。しかし、日本はわずか3百万人(国民の3%)でした。さらに、ワクチン接種が完了した(つまり、おおむね、2回の接種が終わった)人の数でも、アメリカは1憶3千6百万人(31%)、日本はわずか1百万人(1%)でした。
次に日本でのワクチン接種が少し進んだ、B6月30日には、アメリカでは1回の接種が1憶8千1百万人に達していましたが、日本はまだ3千3百万人でした。割合でみても、日本(26%)は、残念ながらアメリカ(55%)の半分にも達していません。さらに、ワクチン接種が完了した人の数も、日本(14%)はアメリカ(47%)の1/3にも達していませんでした。
日本のワクチン接種がたいへん遅れたのは、菅総理大臣の基本方針に原因があるようです。そこで、バイデン大統領の基本方針と比較しながら、両リーダーの基本方針に、心理学の視点からの通信簿をつけてみました。
日本の菅総理大臣とアメリカのバイデン大統領は、お二人とも就任時に、コロナウイルスの流行に対する基本方針を発表されました。
目標の期日が、6月末(来年前半)と4月末(100日)です。バイデン大統領のほうが2ヶ月早いです。さらに、菅総理大臣は、「確保」を目指しており、接種がいつになるかにはまったく触れていません。バイデン大統領は、接種の期日(100日)を示しており、断然 ”スピード感” が違います。
ワクチンは接種をして初めて効果を発揮します。「確保」には実効性はありません。「確保」は、いわば「絵にかいた餅」、つまり、「絵にかいたワクチン」といったところです。「絵にかいたワクチン」に期日をセットした基本方針は、国民に誤った安心感を持たせたのかもしれません。バイデン大統領のほうは、「接種」ですから、無論、実効性があります。
「確保」のような実効性のない目標を掲げるのは、「国民の健康と命を守ることが最優先」と本気で思っているリーダーのすることでしょうか? その点、「接種」を掲げているバイデン大統領のほうが格段に誠実ではないでしょうか。
すでに述べたように、ワクチンは「接種」をして初めて有効です。そして、ワクチンのコアとなる効果、【流行抑止力・集団免疫能】は、国民の大多数に接種してやっと得られるものです。加えて、それには日数がかかります。そのため、【大量に早くの接種】がワクチン政策のかなめです。
菅総理大臣が、これらを正しく理解して、肝心かなめの【大量に早くの接種】を認識できていれば、「確保」ではなくて、「接種」に軸足を置いた基本方針となったはずです。ですから、彼の基本方針は、ワクチンの何たるかを彼が理解できていなかったことを、如実に物語っています。他方、バイデン大統領は、「多数の国民にワクチンを接種する(100日で1億回分)」となっており、まさに【大量に早くの接種】の実行です。
ただし、菅総理大臣のほうが、バイデン大統領よりも、4ヶ月ほど早かった点を考慮して、菅総理大臣の理解度の評価は、△にしておきたいと思います。
(ここで少し付け加えておきますと、菅総理大臣の基本方針は昨年の9月でした。そのときには、「接種」にまで考えが及ばなかったとしても、ワクチンの正しい理解ができなかったとしても,無理からぬことかもしれません。しかし、そのときには無理であったとしても、バイデン大統領の基本方針が発表されたとき(21年1月)には、バイデン大統領の基本方針の正しさ、重要性に気がつくべきでした。そして、ご自分の基本方針を、バイデン大統領のような基本方針(通信簿を参照)に変更して、ワクチン接種を始めて、進めていれば、これほどまでに遅れることはなかったのではないでしょうか。
菅総理大臣の「確保」は、政府だけが掌握している数字ですから、政府を通してしか知ることができません。そのため、事どの程度確保が進んでいるのかなどを、国民や報道機関が直接確認することは、実上不可能です。つまり、菅総理大臣の基本方針は客観的に検証できないものです。
バイデン大統領の「1億回分の接種」は、報道機関などが、客観的に確認することが可能です。さらに、国民自身が実際に接種を受けるでしょうし、接種を受けた人の「接種ができて良かった」などの声を、直接、間接に見聞きすることでしょう。このように、報道機関によって検証、報道され、国民も「確かに大統領は約束を守る!」 と実感することでしょう。そうなれば、バイデン大統領は国民からの信頼を手に入れることができます。
以上のように、日本のワクチン接種が遅れた原因は、菅総理大臣が、ワクチンの何たるかを理解できずに、「接種」ではなく、「確保」という曖昧で、実効性のない目標を基本方針としたことにあるとの結論(通信簿@〜C)となりました。
通信簿の最後の項目、”検証可能性“ について、少し掘り下げて考えてみたいと思います。
菅総理大臣の「ワクチンの確保」という基本方針は、すでに述べたように、客観的に検証できないものでした。このような「検証困難な約束」が、“国民の心理”にどのような影響を及ぼすのか、考えてみましょう。
(a) 約束が守られなかった場合: 「ワクチンの確保」が実現されなかった場合でも、検証が難しいわけですから、国民や報道機関がそれを実証するのは不可能です。そのために、菅総理大臣が、そのことで批判されたり、証拠を突きつけられて責任を追及されるようなことはまず起こりません。つまり、彼は確実に、責任追及を回避できます。
(b) 約束が守られた場合: 反対に、「ワクチンの確保」が実現されたとしても、(検証が難しいわけですから)、報道機関や国民がそれを確認することは、なかなかできないわけです。その結果、国民には、「確かに、約束が果たされた」という納得や実感が得られません。そのため、(先に述べたバイデン大統領の場合とは違って)、国民が菅総理大臣に信頼感を抱くことにもなりません。
(a)、(b) どちらの場合でも、 (もともと検証困難な方針ですから)、守られたのか守られなかったのか、明確にはわかりません。そのため、国民は釈然としないまま、言わば宙ぶらりんのままでほうって置かれます。そうなれば、多くの国民が以下のように感じることでしょう。
1. 総理大臣の方針や約束に関心を持っても、どうなったのかよくわからない。
2. 総理大臣の記者会見や関連するニュースなどを、気をつけて視聴してきたのに、かいがない、
無駄だった。
3. いくばくかのむなしさや腹立たしさを覚える。
4. そして、「政治なんかに興味を持っても、しょうがない、意味がない」、といった心理(政治に対す
る不信感、無関心)が生まれます。
菅総理大臣のように、国民に対して客観的な検証が難しい約束をしますと、以上のような帰結が生じます。約束が実現されなくても、批難されず、責任追及をまぬがれる。その反面、約束が実現された場合でも、国民の信頼を得ることができない。そして、どちらの場合でも、国民の心に、政治に対する不信感や無関心を生じさせ、育てます。
つまり、検証できない政治的約束は、民主主義の土台(政治への信頼感、関心・興味、政治参加―アンガージュマン―)を損なうような弊害をもたらします。そういうリーダーは、民主主義の根元をむしばむ害虫です。
代表的なリーダーシップ理論では、「リーダーシップとは【信頼】である」という定義があります(ドラッカー)。「部下から信頼を集めるのがリーダーシップであり、フォロワー(部下)からの信頼を集める人間こそがリーダーである」としています。
前節で述べたように、政治的なリーダーが検証不可能な約束をしていては、国民からの信頼を得ることができません。国民からの信頼を得るためには、むしろ、検証可能な約束をして、自分が約束を守る人間であることを具体的にアピールするようにしなければいけません。そのようなリーダーだけが、真のリーダーとなることができます。
今、多くの国民は、菅総理大臣の昨今の緊急事態宣言に伴う要請を、どのような気持ちで聞いているのでしょうか? 国民からの信頼を得られていないリーダーが「要請」を繰り返しても、誰が聞き入れるのでしょうか。誰が従うというのでしょうか。
世界では複数の国で規制の緩和のほうに向かっています。それに対して、我が国では、ワクチン接種が非常に遅れたことで、今までで最大の感染拡大(流行)と、もっとも厳しい緊急事態宣言となっています。東京オリンピックも、もしも、アメリカの半分でも、いや1/3でも、ワクチンの接種を進めていれば、緊急事態宣言下で、無観客の開催とはならなかったかもしれません。
このようになった原因について考察した結果、以下の4項目の結論に至りました。
1. 菅総理大臣が、ワクチンの何たるかを理解できずに、基本方針を誤ったこと。
基本方針の目標が、(原因療法である)ワクチンの接種ではなくて、「確保」という曖昧で、検証が困難で、しかも実効性のないものであった。そのために、ワクチン接種の2大要件 【早く、大量に】 の二つともを欠いた施策となった。
2. バイデン大統領が基本方針を発表されたときにも、基本方針を変更しなかったこと。
2021年1月の時点で、「接種」に軸足を置いた方針に変更して、ワクチン接種を急いでいれば、これほどまでに接種が遅れることはなかったと思われる。
3. 菅総理大臣の基本方針が、「検証可能な透明性のある約束」ではなかったこと。
菅総理大臣の基本方針は、国民や報道機関が客観的に検証できる内容ではなくて、責任追及を逃れて自己保身をするためとも解せる曖昧な内容であった。その結果として、国民が信頼を寄せる真のリーダーになれなかった。
4. 信頼感の乏しいリーダーが緊急事態宣言を繰り返したこと。
緊急事態宣言には、多くの要請も含まれているが、国民にそれを聞き入れてもらうためには、そのリーダー(総理大臣)が国民からの信頼を得ていることが必要です。信頼感の乏しいリーダーの、何度も繰り返しての要請は、それに従おうとする国民のモチベーションを下げて、その効果を弱体化していきます。
追記
9月3日に、菅総理大臣はご自身の退任を発表されました。ここで述べてきたことから考えますと、ワクチンの何たるかを正しく理解して、ワクチンの接種を早期に、大量に進めていれば、(ワクチンの肝心かなめである【大量に早くの摂取】を実行していれば)、そして、検証可能な約束をして、国民からの信頼が得られるようにしていれば、退任とはならなかったことでしょう。本当のところは、“引責辞任”というのが相当かもしれません。皆さまは、どう受け取っておられるでしょうか?
(心理 学歩・しんりまなぶ)